(5/31)【代表ブログ】『!』を『?』に変えるだけで、 政治の対話は動き出す。 - 政治的中立は「状態」じゃなく「ふるまい」だ。


こんにちは!オチセンです。

最近よく見かける「学校教育の政治的中立性」という言葉。

当たりさわりのないことしか教えないのは教育の放棄だ、いや、偏った見方を刷り込むのはこわい。

立場によって、景色がずいぶん違います。

政治的中立は、安全を守る「ブレーキ」であると同時に、扱いを間違えると学びを止めてしまう「足かせ」にもなる。

なかなかやっかいな存在です。


愛媛の高校生に意識調査をしていて見えてくるのは、子どもは決して政治に無関心ではない、ということ。

「社会の役に立ちたい」と思いながら、同時に「自分が関わっても、どうせ変わらない」とも感じている。

だとすると、大人が中立を気にして現実のテーマを遠ざけるほど、子どもは「やっぱり考えても仕方ない」と受け取ってしまう。

中立を守ったつもりが、かえって無力感を強めてしまうのかもしれません。


そもそも中立な状態とは、「誰も何も書かない真っ白な画用紙」でしょうか。

それとも「なんでも自由に書ける画用紙」でしょうか。

何も書かせなければ語り合いは生まれにくい可能性があり、放っておけば声の大きい意見に塗りつぶされる可能性がある。

テーマが与えられている時点で、完全な中立は無理な気もします。


だから僕は、中立は達成して終わる「状態」ではなく、中立であろうとし続ける「ふるまい」なんだと思っています。

大事なのは、教え込まないこと。

「選挙に行こう!」ではなく「選挙に行こう?(なぜだろうね)」と、語尾の「!」を「?」に変えてみる。

自由に話せる空気さえあれば、子どもは僕の意見も「ひとつの材料」として受け取ってくれます。


よのなかに、最初から用意された正解はありません。

だからこそ、自分なりの答え=納得解を、みんなで創っていく。

その積み重ねが納得感をつくる。

それこそが政治の役割なんだと思います。


家庭でも、学校でも、地域でも。

あなたの「もやっと」こそ、語り合いのいちばんいい入り口です。

政治という「よのなかを生きるためのプロセス」、ぜひ一緒に楽しんでいきましょう。


皆さんの何かの参考になり、より(主権者教育・政治教育も含め、)政治に関する議論が活発になれば嬉しいです。


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