(3/20)【代表ブログ】「事件を消費しない」ために。地下鉄サリン事件から31年の今日に思うこと


今日は、地下鉄サリン事件から31年。

1995年3月20日に起きたあの事件から、もうそんな年月が経ったのかと、毎年この日になると考えさせられます。

当時小学校入学前だった自分は、連日「阪神・淡路大震災」のニュースが流れていたテレビの内容が、ある日を境に大きく変わったことを、今でもよく覚えています。

こどもながらに、よのなかの空気が一気に変わったことだけは、はっきりと感じていました。


大学時代、この事件に関するフィールドワークを通して、心がさらに大きく揺さぶられました。

痛感したのは、「学力だけでもだめだ」ということでした。

知識があるだけでは、社会の分断や思い込み、空気に流される危うさには立ち向かえない。

そう感じたことが、今の教育への問いにもつながり、現在の活動にも大きなインパクトを与えています。


あれから社会は良くなったのか。

正直、むしろネット全盛の時代に入って、別の意味で悪化している面もあるのではないかと思うことがあります。

不安が不安を呼び、煽られた感情のままに冷静な判断ができなくなる。

勝手な偏見や思い込みが拡散され、それがまた周囲の不安を増幅させていく。

そんな悪循環が、形を変えて今も続いているのではないでしょうか。


事件や出来事を、ただ強い言葉や刺激のある情報として「消費」するだけで終わってしまい、そこから自分ごととして考えたり、当事者意識を育んだりするところまで、なかなかたどり着けていないのではないか。

そんな不安を抱くことがあります。


 31年前と比べて、僕自身の立場も大きく変わりました。

あの頃は、ただテレビの向こうの変化を受け止めるしかなかった一人のこどもでした。

でも今は、社会の出来事をどう受け止め、どう語り、どう次の世代につないでいくかを考える立場にいます。 

だからこそ、今の自分だからできるアクションを大事にしていきたい。

大きなことを一気に変えるのは難しくても、問いを立てること、対話の場をつくること、考えるきっかけを手渡すことはできるはずです。


今日という日を、ただ振り返る日で終わらせず、これからにどうつなげるかを考える日にしたい。

そんなことを思う、今日この頃です。


今日はこのあと名古屋で、名古屋青年会議所主催のイベントに参加します。

たかまつななさん、そして名古屋市の広沢一郎市長とご一緒する予定です。


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